及川全三とホームスパン

 ホームスパンとは、手で紡いだ羊毛を染色し、手織で織り上げる毛織物をいいます。
浜田庄司が若いころ訪れたイギリスのメイレ夫人の織物もホームスパンですが、当時のイギリスは機械による織物が全盛でした。

 そういった時代に、手仕事の復活によって、より人間らしい生活様式を取り戻そうとする運動が、ウィリアム・モリスを中心に興りました。
メイレ夫人たちの工藝工房の仕事もその流れの中で生まれたのです。


 日本の民藝運動のなかで、糸紡ぎから染色、手織まで一貫した制作への努力が、何人もの人の手で試みられてのも当然の成り行きでした。

 今日いくつもの工房で織られている岩手のホームスパンも、1930年代に及川全三によって始められた仕事に、その源があるといってよいでしょう。

 及川は岩手の高等師範を出てから慶応の幼稚舎の教員をされていました。 おりしも郷里の岩手地方が大飢饉でたいへん難儀をしているということで、村へ帰り村長を勤めるかたわら、ホームスパンをはじめられましたのでした。

 もともと柳宗悦に私淑していた及川は、柳、浜田の意見も聞きながら、美しさ、丈夫さ、着易さなど工夫を重ね、かたわら多くの弟子を育てました。


及川の仕事は、晩年まで三越で個展として紹介され、日本のホームスパンとして最高の評価を得ました。
今回出品される作品は、いずれも及川自身の手になり、風合いにおいても卓越したものがあります。


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